« 2011年4月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月

2010冬旅:お茶のこと

これまでに何回か、イタリアへの乗り換えで北京空港に滞在したことがあり、お茶だけはハズレがないなぁといつも思っていました。
アモイのある福建省は鉄観音の産地ということもあり、おいしいお茶に出会えるかなというのも期待のひとつでした。
中国茶に特別詳しい訳でもなく、ごくたまに専門店に行ってもつい「ジャスミン茶」とかおなじみのものを頼んでしまうくらいの知識レベルなのですが。

そして、そこには期待以上のお茶の風景。
歩いて一周できるほどの狭いコロンス島内にもお茶屋さんがひしめいており(これは観光客向けなんだろうけど)、本島にも大通りから小さな路地にまで本当にお茶屋は多かったです。
そして、店頭やお店の中では、ほとんどどこでも老若の女性が大きな竹ざるに入った茶葉を選り分けている風景が見られました。

Ochaya


コンビニなんかではペットボトルのお茶もいろいろ売っているのですが、「マイ水筒」を持っている人を多く見かけました。土楼に行く時に同行してくれたガイドさんも、お茶を入れた水筒持参でした。
そして、あちこちの路地で頻繁に目にしたお茶セット。

Ocha

こうした軒先に座って延々とお茶を飲んでおしゃべりしていたり。

土楼に行った時の昼食の際にも、こうしたお茶セットが食卓と別にあったテーブルに置いてあり、ガイドさんは手慣れた手つきでお茶を淹れてくれました。
杯のような小さな湯のみなので、すぐ飲んでしまうのですが、するとすぐに注いでくれます。
彼女に、自分の家でもこうしたやり方で飲んでいるのかと聞くと、そうだと言います。
食後などにテレビを見ながら、家族で延々と飲み続けるのだそう。
食事は口に合わなかったと前に書いたのですが、お茶はやっぱりおいしかったです。不思議。

さて、それならばやはりお茶は買って帰らねばということになります。
コロンス島を去る前に、大きな門のある、大きなお茶屋さんに入ってみました(明らかに高そうだったけど)。
門をくぐると中庭があり、それを囲むように幾部屋かあって、お茶セットでお茶を飲んでいる人々が。
その一角にお茶を陳列している所があり、そこに行くと側にあったお茶セット席をすすめられて、何が欲しいか聞かれます。
やっぱり(それしか知らないし)鉄観音と答えると、等級の違う何種類かを飲ませてくれます。
こちらがもういいと言わないと際限なく注がれてしまう(笑)
ここのお店のお勧めは、と聞くと、「豆漿茶」というお茶を淹れてくれました。
見た目はこう言っては何ですが、ウサギのフンっぽい。
水色はほうじ茶を薄くしたような感じで、飲んだ後口の中がほんのり甘くなる、不思議なお茶でした。
花祭りでお釈迦様の像にかける甘茶のような味です。

そこで、彼が店員の女の子に「あなたたちもこのお茶を飲んでるのか?」というようなことを英語で聞いたけれど、通じなかったので筆談で「貴女〜」と書いたら、ちょっと困ったような笑みを浮かべました。
多分、「貴女」って高貴な女性、的な意味になってしまったんじゃないでしょうか。
なので、紙に「I→我」「you→?」と書くと、「你」と。
そうか、「あなた」は「你」だったのね。
で、やっと言いたいことが通じ、みんな飲んでるという答えを得ました(真偽は別として)。
この不思議な後口のお茶が気に入ったので、鉄観音とこの豆漿茶を購入。

帰国後は、アモイの人々のマネをして、タンブラーに買ったお茶葉を入れて持っていき、会社で何度もお湯を足して飲んでいました。
お茶葉が日本茶より大きいから飲み口から出てこないし、お湯を何回足しても1日味が持つので重宝していました。

さて、高級お茶屋で買った豆漿茶、日本でいくら検索しても出てきません。
このお店独自の名付けなのか、私たちが間違って聞いた(漢字を見た)のか…。
が、楽天の中国茶専門店で似たお茶を見つけました。
鉄観音と同じ烏龍茶カテゴリーの中に、あのウサギのフンのような見かけのお茶葉を発見。
後口が甘いという説明も当てはまります。
ただ、このお茶は金木犀の香りもつけているようで、私たちが買ったものとは少し違うよう。
名前も全然違っていたし。

アモイで買ったお茶は全部飲んでしまったので、その後はその楽天のお店で鉄観音ともともと彼の好きな龍井茶を買ったのですが、ウサギのフン茶は結局まだ試していません。
今あるのがなくなったら、今度は買ってみようかな…。

2010冬旅:アモイの年越し

2011夏旅の行き先と日程が決定してしまったので、急ぎ冬旅アモイの旅行記を終わらせねば…。
今年の夏旅はイタリア大好き同居人の意向でやはりイタリア。今回は南部プーリア州です。

さて。

土楼から帰って来て少しホテルで休み、2010年最後の夕食を食べにいくことにしました。
中華料理に音を上げた同居人は洋食を希望。コロンス島側から見える本島のピザハットに行ってみることにしました。
日本では宅配でおなじみのピザハットは、こちらではそこそこいいレストラン扱い。ビルの最上階にあります。
1階エレベーター前にはすでに何組かのお客が待っており、店員さんが順番に誘導していました。
その彼に名前を告げ、しばらく待ってエレベーターに乗りお店へ。
しかし、お店に入ると、店員の女の子が整理券的なものがないと案内できないと言います。
それは1階でもらうべきものだったらしいのですが、1階の店員さんからは私たちはもらってない。
女の子は、1階に戻ってそれを取って来てほしいと言っているようです。
そこで彼ぶち切れ。
「(整理券が渡されなかったのは)店のミスだ。お前が取ってこいや!」(英語)
それでぷんぷんしながら店を出る彼を焦って追い、とりあえずビル1階のカフェで怒りを鎮めることにしました…。
メニューに英語が併記されていなかったので勘で頼んだらあったかいコーラが出てきた…。

そこでガイドブックを見て、地中海料理のお店があるホテルに行ってみることにしました。
タクシーを拾い、そのパンパシフィックホテルを指差したのですが、降ろされて気がつくとそこはマルコポーロホテルだった…。
まあいいだろうと中に入るも、洋食レストランがあるようなないような、よくわからなかったので結局歩いてパンパシへ移動。
パンパシはリニューアルした直後のような感じで、とてもモダンなホテルでした。
目的のレストランに行くと、今日はコースメニュー1種類のみとのこと。しかもかなり高い。
中国のメインのお正月は旧正月ですが、1月1日は休日になっているようで、どうやら大みそかの夜はクリスマスと同じような感じで捉えられている気がしました。
日本でも、クリスマスイブのディナーはコース1種類だけでばか高かったりしますよね。
そういう感じ。

コース食べるほど二人ともお腹が空いていなかったし、値段もばからしいので店には入らず、1階のバーに行ってみました。
でも、ここもやはりコースというか値段が決まっている状態(ライブがあるかららしい)。
しかし、彼が1杯だけで長居するつもりはないからと交渉すると、さすがはいいホテル、了解してくれました。
すべてのテーブルの上にはキラキラ三角帽とビニールでできたカラフルなレイみたいなもの、さらに吹くとびよーんって伸びてピューって音がするやつ(名前がわからん)が置いてあり、今夜の喧噪を予感させます。
ただ、私たちが入った時間は結構早く、お客は私たちだけで、静かに飲むことができました。
途中で複数家族なのか一族みんななのか、子供と老若男女の集団が入って来てすこしにぎやかにはなったけれど、結局つまみもちょこちょこ頼んで、長居しないからといいつつライブが始まってしばらくくらいまでは粘っていました。
彼はシガーまで頼んでご満悦…。ちょっと吸ってみたけどくらくらしてこれはきつい。

Toshikoshi_3ホテルを出てタクシーを拾い港まで行き、渡し船に乗ってホテルへ戻る途中にビールとお茶を買い、ホテルでささやかな大みそか祝いを続けましたが、かなり疲れたらしい彼は年越し前に爆睡。
しょうがないので、パンパシのバーからこそっと持ち出したビニールレイとピューピュー鳴るやつを取り出し、ひとりで年越し祝い。

朝も私だけちょっと早起きして、ちゃんと初日の出を拝みました。

Hatsuhinode

エトワール

退職後、時間だけはたくさんあるので、よくDVDを借りて観るようになりました。
今回は、パリ・オペラ座のダンサーたちを追ったドキュメンタリーです。

フランス語で「エトワール」は「星」。
オペラ座バレエ団で最高のダンサーたちに与えられる称号です。
ダンサーたちは入団後、最下位の「カドリーユ」から始まって、「コリフェ」「スジェ」「プルミエ・ダンスール(女性はダンスーズと言うようです)」と試験を経ながら階級を上がっていくのですが、「エトワール」だけは芸術監督が任命する特別な称号。

そのエトワールたちをはじめとして、すべての階級のダンサーたちと舞台の裏側に取材したものです。

いつからか、踊ることに対して非常な魅力を感じるようになっていました。
踊る体は美しい、どんな踊りでもそう思います。
自分の体ひとつですべてを表現しようとすること、それを自分では完璧と思わずとも実現できることに羨望を感じます。

取材者は様々な質問をダンサーたちに投げかけます。
時に、その答えは人によって相反することが印象的でした。

ひとつの例として、ある女性ダンサーは「バレエ学校から一緒でも、ずっと周りはライバルであることは同じ。本当に心を許せる人はいない」。
しかし、ある男性エトワールは「バレエ学校時代から一緒に過ごした仲間。踊った後は10年前のように心から笑え合える間柄だ」と言います。

客席から観れば、まるで重力が存在しないように軽やかに華麗に舞台で舞っているダンサーたちですが、舞台上ではトゥシューズの立てる音が常にカタカタカタカタと鳴っていました。
そして、舞台から袖に引き返したダンサーたちは汗まみれで、崩折れるように座りこみ、苦しそうに肩で激しく息をしています。

毎日の厳しい稽古、自分でトゥシューズを修理しカスタマイズし、時に爪が割れ足が血まみれになり、そして、ベストな状態を保つために夜遊びなんてしない。
自分の出番がなくても演目の立ち位置や振りを詳しくノートにメモし、万一代役が回ってくることに備える。
…何かの宗教の修行者のようにも見えてきます。

実際に、ある女性ダンサーは、修道女になりたかったと言っていました。
俗世間から離れ、何かに仕える生活がしたかったと。ただ、自分の性格は宗教生活に入るには俗っぽくて、こっちに来たと。

そして、女性には結婚と出産という気がかりもあります。
妊娠=キャリアの途絶を意味する場合がほとんどだからです。
「体型が崩れる」
でも、引退後に何をしたいかと聞かれ、男性が「何も考えられない」というのに対し、女性は「母親業」と答える人がいました。
今、軽いけれども病気を抱え、通院と投薬を続ける身としては、思わず共感してしまうような言葉でした。

さまざまに投げかけられる質問に対し、ダンサーたちから返ってくる言葉は様々でしたが、「踊ること」に対する考えや思いはほぼひとつでした。
それなしでは生きていけない。
それが自分の人生のすべて。
舞台はとてつもない恐怖だが、踊ることは麻薬のようなものだ。

ある男性ダンサーの言葉が、一番心に響きました。
「内気だからダンサーになった」
この言葉には、ひどくひどく共感したのです。

音楽を学んでいたので、バレエ音楽についてはそれなりの知識もあり、大学時代の文献購読でニジンスキーに関する文献を読んだこともありました。
でも、恥ずかしながら実は実際にバレエの舞台を観たことはなく…
一度、生で舞台を観に行きたいと思いました。
踊りで生きるダンサーたちに敬意を表すために。

エトワール デラックス版 [DVD]

« 2011年4月 | トップページ | 2011年7月 »

2012年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29      

twitter

無料ブログはココログ