エトワール
退職後、時間だけはたくさんあるので、よくDVDを借りて観るようになりました。
今回は、パリ・オペラ座のダンサーたちを追ったドキュメンタリーです。
フランス語で「エトワール」は「星」。
オペラ座バレエ団で最高のダンサーたちに与えられる称号です。
ダンサーたちは入団後、最下位の「カドリーユ」から始まって、「コリフェ」「スジェ」「プルミエ・ダンスール(女性はダンスーズと言うようです)」と試験を経ながら階級を上がっていくのですが、「エトワール」だけは芸術監督が任命する特別な称号。
そのエトワールたちをはじめとして、すべての階級のダンサーたちと舞台の裏側に取材したものです。
いつからか、踊ることに対して非常な魅力を感じるようになっていました。
踊る体は美しい、どんな踊りでもそう思います。
自分の体ひとつですべてを表現しようとすること、それを自分では完璧と思わずとも実現できることに羨望を感じます。
取材者は様々な質問をダンサーたちに投げかけます。
時に、その答えは人によって相反することが印象的でした。
ひとつの例として、ある女性ダンサーは「バレエ学校から一緒でも、ずっと周りはライバルであることは同じ。本当に心を許せる人はいない」。
しかし、ある男性エトワールは「バレエ学校時代から一緒に過ごした仲間。踊った後は10年前のように心から笑え合える間柄だ」と言います。
客席から観れば、まるで重力が存在しないように軽やかに華麗に舞台で舞っているダンサーたちですが、舞台上ではトゥシューズの立てる音が常にカタカタカタカタと鳴っていました。
そして、舞台から袖に引き返したダンサーたちは汗まみれで、崩折れるように座りこみ、苦しそうに肩で激しく息をしています。
毎日の厳しい稽古、自分でトゥシューズを修理しカスタマイズし、時に爪が割れ足が血まみれになり、そして、ベストな状態を保つために夜遊びなんてしない。
自分の出番がなくても演目の立ち位置や振りを詳しくノートにメモし、万一代役が回ってくることに備える。
…何かの宗教の修行者のようにも見えてきます。
実際に、ある女性ダンサーは、修道女になりたかったと言っていました。
俗世間から離れ、何かに仕える生活がしたかったと。ただ、自分の性格は宗教生活に入るには俗っぽくて、こっちに来たと。
そして、女性には結婚と出産という気がかりもあります。
妊娠=キャリアの途絶を意味する場合がほとんどだからです。
「体型が崩れる」
でも、引退後に何をしたいかと聞かれ、男性が「何も考えられない」というのに対し、女性は「母親業」と答える人がいました。
今、軽いけれども病気を抱え、通院と投薬を続ける身としては、思わず共感してしまうような言葉でした。
さまざまに投げかけられる質問に対し、ダンサーたちから返ってくる言葉は様々でしたが、「踊ること」に対する考えや思いはほぼひとつでした。
それなしでは生きていけない。
それが自分の人生のすべて。
舞台はとてつもない恐怖だが、踊ることは麻薬のようなものだ。
ある男性ダンサーの言葉が、一番心に響きました。
「内気だからダンサーになった」
この言葉には、ひどくひどく共感したのです。
音楽を学んでいたので、バレエ音楽についてはそれなりの知識もあり、大学時代の文献購読でニジンスキーに関する文献を読んだこともありました。
でも、恥ずかしながら実は実際にバレエの舞台を観たことはなく…
一度、生で舞台を観に行きたいと思いました。
踊りで生きるダンサーたちに敬意を表すために。

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